エイチマンのブログ

トライアンドエラーそしてサクセス

自分の頭で考える人間になる

世の中にはいかにも「正解」かのような話が多い。

これをやっとけば安心、的なものだ。

 

具体例は出さないが、100人中95人が納得したり、大人がそりゃそうだと言ったり、親が納得するような話がそれだ。

それを選択しておけばなんとなく安心な気もする。

 

しかしそういう話は「面白くない」。

 

必ずしも面白い必要もないのだが、たまに自分の言葉で自分の体験から学び得た人間がいる。

そういう人たちは情報を参考にしつつも、自分の中で組み立てて、考え、誰も考えなかったことを実行し、確実な成果を上げていたりする。

 

そういう人たちは見知らぬ人にそういうノウハウを話さない。なぜなら理解されないからだ。イレギュラーなことを言っている変わった人という扱いを受けてしまうからだ。

 

でもこの人は、という人には話してくれる。

そういう話は世間には流れておらず、かなり独特だったりするが理にかなっていたりする。

何より本人がイキイキと話すし、語気が乗って面白い。

 

そういう自分で考えた情報は世界的にみても「最先端」だ。

誰もそんなことを考えていなかったり、その地域でそういうことを考えている人がいないし、自分の頭で考えるひとが少ないからだ。

 

だから自分の頭で自分が好きなことを考えて、自分が楽しい方法で自分なりの結果が出たら、本人が一番楽しく、それに関わる人たちもハッピーになる。

 

まず自分がそういう人間になり、そういうコミュニティを作り、じぶん経済圏の中でお金を回せたらかなりハッピーだと思う。

 

ということで寝るー

お金を貰うより払う方が簡単

最近、軽トラを購入しようかと思っていた。私の住んでいる社会は車社会なので車を持っていないと「一般的に」不便だ。私は持っていないんですが笑

軽トラを購入することで移動が好きな時にできるし、車でしかいけないところにも行けるし、物は運べるし、良いことだらけだ。

軽トラは中古で50万くらいあれば買えるので大した金額ではない。

金持ち父さん貧乏父さんでいうところのこの軽トラは資産ではなく、負債にあたるが、事業用と捉えればまぁ資産と考えても良いかもしれない。正直まだ少し迷ってますが…

 

本題に入りますが、お金を使うことはとても簡単です。

世の中皆さんにお金を使わせようと宣伝しまりくりだし、口座振替に誘い、毎月お金をゲットしようとしたり、クレジットで自動引き落としにしてお金を常に我々の口座から狙っている。

お金を払うことは誰だってできる。この瞬間に100万円使うことは簡単だが、100万円を稼ぐことの方が難しい。

 

事業という観点から言うと100万円を使った場合、それより大きな金額になって返ってこないと何やってるのかわからない。世の中には便利なサービスや商品が溢れかえっているので一見、それを利用することが「やっている感」を得られたりする。

 

でもお金を稼ぐのに大事なことはお金を払うことではなくて、知恵を絞って、相手に喜んでもらうことなので、そこのセンターピンを外すとただのお買い物になってしまう。

 

多くの人は「難しいこと」「よくわからないこと」「大変なこと」「面倒なこと」をやりたがらない。代わりにやってもらおうとする。お金を払ってでもだ。

 

だからお金を稼ぎたいと思うのであれば、労力ゼロでお金を稼ぐことはできないという前提で、お金を引っ張ってくるにはどうしたら良いかを考え、実際にお金を作ることのほが大事になる。

 

安直に軽トラを買うことではない。

一般から外れた「異常な事」をする

世の中には所謂、「一般的」と言われている大勢の人がいる。私のイメージだが、社会に出て、住宅ローンを抱え、定年を迎え、天国に行く感じ。

 

そしてその人たちが考えていることが「社会通念」になる。所謂、「当たり前」である。そこから外れると批判的な目で見られたり、珍しいものを見るような目で見られる。iPhoneを使っている人がガラケーを使っている人に遭遇すると珍しがられるような感じ。ちなみに私はガラケーを持っている。勉強にあまりにも集中したくて機能を削ぎ落とした結果、ガラケーに行き着いた(それはどうでもいいんですが)

 

世の中にはその反対に少数な人たちがいる。

 

その人たちは自分の頭で考えて自分の頭で行動している人達だ。

面白いことにそういう人達が金持ちだったり、輝いて見えるから不思議だ。

 

その人達は自分の頭で考えているから社会で「一般的」と考えられていることに全く当てはまらない。しかしその「一般的」を逆手に取りながらうまくお金を儲けていたりする。

 

私の知り合いで3000万円くらい住宅ローンを組んで買う家を500万円で手に入れた人がいた。売れば利益が出るらしい。その人は自分の頭で考えてその物件を見つけ、交渉し、自分で手続きをやって500万円で買えたそうだ。そういう人の話を聞くと面白い。いかに自分が毎日のうのうと過ごしているかが分かる。

 

「一般的な人」の多くは思考停止している人が多い。家はローンを組んで買うのが当たり前、物はネットでお金を払って買うのが当たり前。こういう場所に住むべき、など世間一般の良いとされることに飲み込まれてしまう。それが自分にとって良いかはあまり考えずに。

 

自分の価値観を明確にするといい。

 

私の場合、家は都会よりも田舎で良い。どちらかというと住めれば良い。その代わり、自分の好きなところには自由に行きたい。

 

少し話は変わってしまうが、世の中では「一般的な人」のために「少数派の人」が動いている。もう少し正確にいうと、少数派の人が一般的な人に向けてビジネスをしている。そして一般的な人が買ったものやサービスをSNSなどで見せびらかしているというわけのわからない構造になっている。

 

それを所有することがステータスのように思えるそれにはあまり価値がなく、最も利益を得ているのはサービスの提供側。意外とその少数の人たちは物を必要とせず、自己管理もできて、健康体だったりするからお金はあまり使わなかったりする。だから金持ちになっていくのだ。

 

だからね、一般的なことと違うことをしている人に注目すると面白いですよ、というやっぱり結論がうまくまとまらないブログになりましたよ。

下をくぐろうとして良い事はなかった

USCPAを取得して、自分のライフステージは確実に上がった。優秀な人達と働けるし、成長もできている、給料もそこそこだし、自由度もある程度あって、自分史上、最高の職場環境と言える。多分、私の住む地域でこの業界であれば、これ以上は望めないと思う。

 

もともと私がUSCPAを取ろうと思ったのは、勉強が苦手だったのでUSCPAは会計士や税理士と比べ、比較的簡単と言われている中、力試し的に受けようと思ったというのと単純に英語と会計が好きだったという単純な理由。(USCPAは相対的には簡単だが、絶対的には難しい部類の資格に入る事を誤解のないように伝えておく)

 

本来は税理士資格や会計士資格を取って独立したいなと思っていた。

 

今振り返ると当時の私はストレートで税理士や会計士を目指すことをしなかった。そこは少し後悔している。でもUSCPAを取ったからこそ、今こう思えると捉えれば悪いことではない。

 

次私が転職?する時は自分でやる、つまり独立する時だ。だからある意味、それが見えてきていることを肯定的に捉えたい、

 

でもそれならストレートで税理士やれば良かったなと思っています。人生で今が一番若い日であり、33歳なんてまだこれから。

 

私はもっともっとチャレンジしようと思う。

 

少し話は変わるがたまに新卒で入社した会社のHPを見る。当時3年くらい下の後輩も立派になった写真が載っている。

 

私の地域、その業界ではおそらくトップの会社。そこを私は3年くらいで飛び出している。当時は明確に説明はできなかったけれど、確かにそこには衝動があった。

 

私は自分の行きたい場所に近づけているのか。

当時の後輩や先輩に堂々と顔向けできるのか、そんな事を考えている。

自分を歯車の一つと認識して、回る人と一緒に回る

北海道に旅立つ前に関西国際空港に行く途中で京都にいる親友を誘ったところ、すき焼きを奢ってくれました。私の地域ではすき焼きをお店で食う習慣がないので新鮮に感じましたが、ありがたくご馳走になりました。(5,000円くらいしてましたね…)お返しに蟹でも贈っておこうと思います。

 

えー、今釧路湿原駅で電車を待っていますが、鹿とぶつかって電車が止まっているそうな…

まぁそれはいいんですが。

 

世の中、自分一人で生きていると思っている人はいない、と思うのですが、心底思っている人は少ないんじゃないかなと思います。何故なら私がそうだからです。(B型です)

 

大きい目で見ると自分は社会の一部分なんだと感じます。会社でも組織の一員に過ぎない。どんなに偉そうにしている人でもそれはあくまで役割なだけであって、その下の人がいなくなればその人は困ってしまうわけです。(代わりはいくらでもいる説がありますが)

 

でもね、自分も歯車であって相手も歯車という認識をすれば、まず自分は素直に回らなければいけません。もうグリスべちゃべちゃで一生懸命くるくる回るわけです。

それは時間の使い方やお金の使い方も。自分のお金を自分だけのものと思われないこと。

ただそれは自分の手元に一時的にあるだけであって回ってきているわけなんです。天国に行ってポイントに変えてくれるなら話は別ですが、そんなことも多分ありません。

 

そして歯車には噛み合う相手が必要です。その相手がサビガチガチで全く回らない相手だったら変えましょう。付き合う相手を変えるということです。その人を回そうと力を込めるだけ、自分の歯が悪くなります。最悪、歯が折れてしまうかもしれません。

 

だからまず自分がよく回れるようにすること。そしてよく回る相手を選んで一緒に回ること。それが大事だと感じます。

商売はまともにやらない

このブログは釧路湿原で書いています。

最近、お金を儲けることを考えています。

お金の話を嫌がる人がいますが、嫌な人はここでブラウザバックしてください。

 

私が思うに「お金を払ってもらえる」という事は払う人は「払っても良い」と思って払ってくれているわけです。お金を払おうと思う物やサービスに価値を感じない限り、お金を払うという判断はしないわけなので、その逆にいるサービス提供側はお金がもらえる時点で悪くないのではないかなと感じます。

 

ではどうやってお金を儲けるか、稼ぐか。

 

大事なのは消費者の本能に訴えられる価値が何かを考える事だと思います。

 

コーヒーが欲しい人はコーヒーを飲んでリラックスする時間が欲しいわけです。コーヒーがほしいわけではない。スタバの人がこんなテーマの書籍を書いていたような…。

 

自分が提供したいと考えるものの価値は何か?どんな価値を提供しているのか考えると本質的にサービスを考えられるので良いと思います。

ではそのサービスをどういう収益構造で金を儲けるのか。

無限にお金があれば良いですが、そんなことはありません。

 

ユダヤ人のように最小のリスクで最大の成果を生むように考えなければいけません。

 

でもまともにやると儲けってなかなか出ません。

 

外部環境が歪んだところや変化、これまでのビジネスモデルが古くなっているところにビジネスチャンスがあるわけです。

 

1・2・3・4ときて5をやると正面きってやることになるのであんまり儲かりません。既にガッツリ取り組んでいる競合がいるのでそいつらにパイを食われてしまっていたり、参入障壁があったりします。

 

だから10ー1=9とやったり、(4−2)÷1とか既存の材料を組み合わせて新しいものを生み出す。新しいものといっても世の中にまっさらで新しいものってあまりありません。何かと何かの組み合わせだったり、やり方に工夫があったり、原価がものすごい低かったり、錬金術のようなアイデアがあったりするものです。

 

普段サービスを利用する側ではなく逆側から考えると色々見えてくるものがあります。

 

だからどうやったらそのサービスを安く、高い収益構造を作ってできるかというのを考えると良いと思います。

 

私が利用しているソフトコンタクトレンズは限界数十円です。それに対して数千円払っているわけです。そりゃ流通させている人は潤うわな。

 

皆さんも色々考えてみましょう。

「経済的自由」とは

今日は北海道は知床よりブログを書いています。

普段と違う環境に行くと普段と違う脳みその部分を使うので年に数回遠出するということを意識的にやっています。普段と違うことを意識的にすると言うことです。

(仕事では論理的に書け!と言われまくっていますが、感じたままに書きます。)

自慢したいわけではないのですが、今日は知床にあるハイクラスなホテルからブログを書いています。会社から補助が出たので泊まれているだけです。

 

おひとり様はほとんどいなくて夕食会場でも肩身が狭かったですが、まぁそれは良いとしてやはり高級なホテルにはお金に余裕がありそうな人が多くいます。

 

しかもお金がある人は気持ちにも余裕があり、上品そうな人が多いです(それか自営業のようなちょっと怖そうな雰囲気のある人)。

 

しかも家族連れで来ていて、おじいちゃんおばあちゃんやおそらく義理の両親も連れて大所帯のお客さんが結構いました。私は会社の補助で来れていますが、それなりのお金を払っていると思います。10万円は超えていると思います。

 

話は変わりますが、旅行しながら本を読んでいるのですが、アメリカの金融エリートどもが何を考えているのかと言う本を読んでいます。具体的にはこちら(アフィリエイトじゃないよ)

 

 

USCPAを取得してアメリカの金融業界の話がわかるようになって来ました。これは思わぬ産物です。読み進める中で感じたのは、アメリカ人えらい裕福じゃね?と言う点です。なんか日本と所得水準が違うような…私が貧乏なだけなのか。。。

私の勤めている会社はそれなりに有名?なので給料もそこまで悪くないですが、それでもなんかアメリカ人の所得水準て高く感じました。そうでもない人もいるんでしょうが。

 

ちなみに私が泊まっているホテルのお客さんはお金の匂いがします。お金持ちってあまりお金があることをひけらかさなくて、見せびらかすこともせず、普通の人だったりしますが、ここにいる人たちは金をもっている匂いが微かにします。

 

サラリーマンでいるとどう頑張っても年収数百万円から良くても二千万くらいになります。死ぬほど働いても給料変わらないからね。一生懸命働いてポジションを上げていくと言うのも大事なのでやる気なく働けと言っているわけではありません。

 

お金持っているやつ、稼げるやつが偉い!わけではありません。私も今日は高級ホテルに泊まっていますが、普段はカプセルホテルも味があって良いよねと思うタイプで高級寿司より回転寿司の方が楽しいよねと思うタイプです。

 

この本を読んでいるとアメリカ人はよく寄付をすると出てきます。むしろお金持ちになったら寄付をしたいと感じる人が多いようです。たくさん稼いでそれを経済的に恵まれない人に富を再分配すると言うのはすごく良いことだと思います。

 

(お金を持っていない人がお金持ちを批判することがありますが、こういう行為を見ると筋違いだと言うことがよくわかります。)

 

宝くじに当たったり、親からの相続で金持ちっていますが、一般家庭出身の人がほとんどではないでしょうか。成人してからどれくらい金を稼げるか、と言うのはその人がどれだけ社会に価値を提供できるのかと同義だと考えています。何もせずに金が入ってくるってないですからね。何かしらその人が価値を社会に提供しているわけです。

 

サラリーマンは1日8時間を240日くらい提供して数百万もらう。

医者は医療サービスを提供することで1千万超えの給料をもらう。

大工さんはお家を作ってなかなか貰う(友達が結構儲けています)

 

高学歴な人が偉い、みたいな風潮ありますが、社会に出ると関係ありません。

 

私の価値観ですが、たくさん稼いで家族を幸せにして、社会にも貢献できる、そんな人が素敵だと私は感じています。だから金の使い道である出口に人間性が現れるとしてお金はたくさん稼げた方が良いと私は感じます。とはいえNPOのようにお金を稼ぐのが目的ではない組織で働いている人を否定しているわけではなく、私場合はそう言うところに寄付する側に回りたいなと思います。

 

サラリーマンには良い点もありますが、悪い点もあります。

それはやってもやっても給料が変わらないところ。(長期で見たら違うんですが)

 

なかなかサラリーマンの人が一定程度の寄付をするって聞いたことがありません。というか現実的にできないんだと思います。生活費とか教育資金とか要りますから。

 

でも自分でやればやっただけお金が入ってくる仕組みを作れば別です。と言うか原則的にやればやっただけ、自分の財布が太っていくもんだと思いますが、サラリーマンは違います。一方でサラリーマンは組織で大きな仕事をしていく面があり、安定していたり一概に悪いものでもありません。先が見通せると言うのも重要なメリットです。

 

「経済的自由」の定義が上で紹介した書籍にレベル別に書かれているんですが、私が求めている当面のレベルは贅沢費が投資収益で賄える状態です。投資利息で知床とか家族で来れたら超お得な気分になります。早くそこまで行きつきたいなと感じます。

 

ちなみに最も高い経済的自由のレベルとしてやりたい時にやりたい事、欲しいもの、全てが手に入る状態。これはこれですごいがなんだか今の私には魅力的に聞こえないが、とりあえず目先のレベルをクリアします。

 

何が言いたいか途中で分からなくなってしまいましたが、お金の使う順番として大事なのはまず、自己投資をして自分の能力や価値をあげる。そして得たお金を身の回りの事業に投資する、そして最後は株式や債券に投資する。その順番が確実に収益をあげる方法なのではないかなと感じます。

動く人と動かない人

世の中には2種類の人間がいる。

動く人と動かない人だ。

行動量の差といってもいいが、基本的に人間は動きたくない。

私も動きたくないが、飽き性なので家にいると気が狂ってしまうので何かしら外出する

 

動かない人はどんどん無気力になっていく。大体テレビを見ていて、広告を見たり、スマホを見て特に欲しくないものすら欲しくなって買ってしまう。

 

一方で動く人は動かない人のために動いている。商品を作っていたり、仕入れていたり、発送作業をしてくれている人がいる。

 

お金の流れで言うと動かない人→動く人でお金が流れる

動かない人はお金を渡すだけで欲しいものが手に入るから。

 

動く人はいろんなノウハウを手に入れることができる。

その商品がどうやって作られて、どんな流通で動かない人に届くのか、身をもって知ることができる。その経験がまた動く人を豊かにしていく。

 

お金を払う人は商品を作る人、売る人、届ける人がいるからこそお金を払うだけでその人達の時間を買うことができるのだ。

 

個人的に思うのはお金を払うのが一番簡単。もちろんお金はあったほうが良いが、簡単にお金を払って手に入れられることって、意外と限られていると思う。

 

その人がどんな経験をしてどんな面白い話ができるのかが重要だったりする。

努力を続けると未来が描けるようになる

就職して1年半が経ちました。

良くも悪くも慣れてきたのですが、このままで良いのかなと思う時があります。

職場環境という意味ではかなり良くなり、素晴らしい人々の中で働いてはいるものの、エスカレーターに乗っている感じもします。

 

日本の企業は簡単に人を切らない一方で、労働者側はどんな仕事でもやらなければいけません。労働者側が変わらなければいつまでもそのポジション、その環境にいることになる。

 

それは裏を返せば、思考停止で無意識のうちにその場に居続けるという選択を自らしていることになります。

 

USCPAをとり、自ら自分の居場所を変えたわけですが、この先5年10年を考えた場合、このまま働き続けても私の欲しいものは手に入りません。もちろん今の職場には感謝しかありませんが。

 

自分が変わる努力をしない限り、自分の欲しい未来はこちらにやってきませんし、全て自己責任で斜め上に向かわなければなりません。自分がやるべき事をやっていないと将来のビジョンは薄れていき、自信がなくなり、自分の未来が思い描けなくなってきます。

 

だからね、やることやれってことだよ。😂

目をつぶってやる事やる

投資系YouTuberが面白い事を言っていた

「目をつぶって金を買いましょう」

 

(金が長期だと上がるから)何も考えずに金買っとけ

 

と言いたいのだ。

 

私も含めてそうだが、人間は行動の前にいろいろ考え過ぎる。

それは経験が貯まれば貯まるほど考える傾向は強くなる。悪い意味で経験値が貯まっているからだ。よく働く時もあるけど、愚かな判断かどうかはやる前にわかることの方が多い。

 

例えばテキスト10ページ読むというタスクに対してあれこれ理由をつけてやらないことがある。人間はやらない理由をつける名人なのだ。

 

金が上がる確率よりも自分がやる事をやって良くなる可能性の方が高い

 

結局、やるべき事をやらない代わりにやらなくても良いしょうもない事をやるだけだ。

 

だから自分が求めるものに対してやらなければいけないこと、やるべき事は目をつぶって脳を働かさず、「やる」だけでよいのだ。それ以上はもう考える必要はない。

 

やるべき事というのは他人から言われる事ではなく、実は自分が既によくわかっていたりする。

 

毎日10km走ったら月300km走る事になって何を食べていても痩せていく

 

USCPAのテキストも最初読んだだけだと分からないけど何回も読むと次第に分かってくる。

 

行動に対する結果はシンプルなのだ。

やるべき事を目をつぶって毎日やろう。

ステージを上げる行動をする

毎日特に何も考えずに過ごしていたらそのままの延長で時間が流れていく。

多くの人は1日で仕事などのやらなければならない事をやり、1日を終える。

それでは自分の手に入れたい未来は近づいてこない。

何を手に入れたいかを明確にし、それに近づく行動を毎日少しずつ積み重ねる。

毎日の積み重ねは他の人がちょっと頑張っただけでは決して近づけないほどの絶対差を生む。それが1年、2年そして一生積み重なると別次元になる。

やってもやらなくても誰からも文句は言われない。ただ頑張れば行けた所に自分の怠慢でいけなかったとなるとそこには後悔だけが残る。

今に満足する事も大事。自分という人間を磨き切るという意味ではそれでは足りない。

サラリーマンの給料って何ですかいね?

最近思うことをつらつらと。

サラリーマンはどんなに働いても給料は大幅には増えない。基本的には固定給。同じ社員でも一生懸命働く人間とそんなに働かない人間で給料が変わらない。何で何だろうと思う。

それじゃ一生懸命働く人と働かない人、何もかも全く同じなのかというとそうではない。

一生懸命働く人には会社は「昇格」させることで報酬を払ってくれる。ただそれは中長期の観点で。一生懸命働く人は「会社に借りを作っている」のだ。だから中長期で見れば、一生懸命働いた分は返ってきているのだ。

 

サラリーマンというのは首を切られない。基本的には日本企業は社員のクビをよほどのことがない限り、切れない。アメリカだったらすぐにfiredだ。

 

その代わりに会社からやれと言われたことやらないといけない。安定を保証するのだから言ったことやれ、といった具合に。日本人にそういう気質は合っているのかもしれないが、だんだん世の中の流れとマッチしなくなってきているもの事実かなと思う。

 

原因には結果があるように「やればやっただけ」お金がもらえるのであれば人間はやる気を出せる。ただサラリーマンだとやってもやっても短期では報われない。

だから電車の中は亡霊で一杯になる。私もその気持ちはとってもよくわかる。普通そうなるだろ。みんなそう。

数年、何十年働いた結果、報酬という形で目に見えてくる。同じ職種を長期間続けるから経験値が溜まって、だんだんできることが増えているよね、という観点だと思う。間違っていない。

ただ私は1社で人生を終えるのもつまらないと思うし、さまざまな経験を積みたいと感じる私は、そんなに長期間待てない。私は今3社目。1社目もとっても良い会社だったけど、そこにいたら私はこのようなブログも作れなかっただろうし、こういう文章も書けなかったと思う。

 

「安定」というのは何か?自分の中でよく考える必要がある。

 

でもね、1個の会社で責任ある立場になっていく、ことを私は悪いなんて思っていない。それはそれで立派なこと。私のがお世話になった最初の上司がまさにそうでしたので。みんなはどっち派?たけのこの里派。

自分が満たされてから他人を幸せにできる

最近、不思議な気分。

休みの日何しようかなと考えているとあまり思い浮かばない。

 

やりたい事あるか?と言われると真っ先に私が思い浮かぶのは魚釣りだが、今月2回も行って満たされた。しかもお気に入りの道具を使っているので超自己満足だが、満たされた。

昔はおもちゃみたいな釣り道具を使っていたが大人のマネーパワーを発揮して、学生の頃から欲しかった道具を手に入れることが出来たのでこれ以上のものは今のところ地球上にはない。なので欲しいものもない。

メルカリは引き続きやっていて600個ものを売った。まだまだ在庫があるのでもうひと頑張りなんだけど、会ったこともない人から「良い品物で満足でした!ありがとうございました!」と言われる事は嬉しい。ちなみに私は600取引で悪い評価がついたことが1回もない。ま、それはどうでも良いんだけど。

着る服もあまり頓着がなく、ノースフェイスとかパタゴニアとか着ていて楽なものを着ているのでまぁ快適。高級ジャケットを着たい!という願望もない。

最近、感じるのは有難いことになかなか満たされているなという事。健康だし、仕事はあるし、お金も新聞配達していた頃よりあるし、食べたいものも食べれるし、行きたいところにも行ける。

そしてその上、私は飽き性という性質があってとても有難い状況に飽きている。

 

自分のことよりも他の人に何かをやってありがとうと言われたり、報酬をもらう方が楽しく感じるようになった。

 

という事でこれからは自分の事よりも人様に貢献していこうと思う。自分だけの幸せでは飽きてしまう。

 

キャリアの事、USCPAの事、転職の事、何でもコンサル1時間3,000円でもやってみようか。ご希望の方はとりあえずコメント下さい

(個人間ってどうやって決済するんだ?)

 

いろいろ形にしてみるか。

京都が好きな理由

金曜日の夜から土曜の夜にかけて京都に行ってきた。

特にやることはなくて京都の街中をぷらぷら歩くだけ。

気になる店があったら入って何も買わずに「ふぇ〜」と思って出てくる。

 

もともと京都に住んでいたが、何故こんなに京都が好きなのか、自分でも分からずにいたが、今回の訪問で何がそう思わせているのかやっと分かった。

 

京都には数え切れないほどの小さな店があって、行く度にお店が変わっている。前あったお店が別のお店に変わっていたり、民家だった建物がお店に変わっていたり。かなり変化が激しい。

 

「飽きさせない街」といえばそうなんだけど、私が琴線に触れるのはそこではなくて、人間が自分のお店を持とうと思って、それを実現して、チャレンジしている姿が面白いなと感じている自分に気づいた。

 

私も将来いち経営者としてコンサルや税務のような仕事をしたいなと感じているのにもつながっていると感じた。

 

そういう人を応援したいという気持ちもあるが、商売をやるやらないは別にして、自分の夢をかなえた、叶えようとしている姿を見るのが好きなんだと思う。

 

自分のお店を持ちたいと思って、お店を開いて、お店を継続させるため、多くの人に喜んでもらうために毎日頑張っている姿が面白いなと感じている自分に気づいた。

 

自分も自分の人生に責任を持ちたいと思ったし、一生懸命やること、探し求める事、追いかける事をやっていきたいと思った。

 

今日はいつもと毛色の違う投稿になりましたね。今から水泳教室に行ってきます。

逃げると奴は追いかけてくる

日常生活でも逃げたくなる瞬間はたまにあります。仕事や私生活でもあるかもしれません。基本、大人は「自由」なので逃げるという選択肢を取ることもできます。

もう関わらない!と決めてしまえば良いわけです。

 

逃げて良い時と逃げていけない時があります。

 

意外と逃げて良い場面も多いのですが、自分の求めるものがその先にしかない場合は逃げるのは賢い選択ではないと思います。

 

一度逃げてみたとしても、しばらくするとそいつは目の前に出てきます。「また会ったね」状態です。それを乗り越えられば次の景色やSTEPが見えてきます。

 

乗り越え方はいろいろあります。時間やお金を一般的にかかるよりも多く使っても良いかもしれませんし、人の力や環境の力を借りても良いです。

 

求めるものがその先にあって、それを「成長」して乗り越えない限り、ある場面で奴は出てきます。だからこれは逃げてはいけないという場面ではガッツリ四つに組んで倒してあげましょう。それからの人生が変わってきます。それが経験であり、財産なのではないかなと思います。精神的にも肉体的にも強くなるはずです。

 

今日は京都の三条スタバよりお送りしました。