エイチマンのブログ

トライアンドエラーそしてサクセス

時間や愛を注いだものを好きになる

おはようございます。京都の事件、悲惨ですね。まさか亡くなられた方々は今日自分があんな形で亡くなるとは思っていなかったでしょう。うーん。。。

 

昨日テレビでAIが人の仕事を奪うみたいな特集をやっていました。(この手の話はもうお腹一杯なのでその話ではありません)

 

少しだけ私の意見ですが、AIに仮に奪われたとしても別の仕事が出来るような自分になっておけば良いじゃんって思います。高齢者の方とかだとそういうわけにはいかないのかな?いや、そんな事はないはず。

 

AIが悪いやつみたいな描かれ方をしてる番組は人間が成長・変化できる事を前提に置いてないのではと思います。成長や変化をしない人達はAIに負けるのは確かにそうだと思います。

 

ま、いいんですけど。その番組では半導体のゴミを顕微鏡でチェックする仕事が、AI入りの顕微鏡(全部やってくれる)に置き換わる日を取材していました。

 

置き替わられる人は最初は「目が疲れる作業が高い精度で効率的に行われるから大歓迎」とAIウェルカムだったのですが、昔使っていたアナログな顕微鏡を撤去する時には哀しい顔をされました。

 

それはそのゴミをチェックする仕事は実は最も目が疲れてかなりパワーが要る仕事なんですが、本人からしたら最も達成感のあった仕事だったそうです。だから少し寂しいと。確かにAIのおかけできつい作業をしなくて良くなったしスピードや精度も上がったけど何だか寂しいと。

 

これは面白いですね。

 

私も決算期の限界を迎えていた時は「こんなアナログで労働集積型の仕事いつかなくなるわぃ!」と思っていました、

でもしばらく経つとまたやりたくなるんですよね。自分のやりたくないことでも一生懸命自分のお金や時間を注いだ事には愛が芽生えるというか、そんな感覚があります。

 

最初はあまり意識していなかった彼の事をだんだん好きになるみたいな。違うかな、違うか。

 

合理的というのは頭で考える事で、今回のような話は人間の心が感じる事ですね。

 

AIは人間が感じる苦痛も取り除いてくれるけど、やりがいも取り除いてしまうわけですね。とても逆説的な人間の性を感じる事ができた番組でした。

 

仮に奪われたら人間はもっと面白い事ができると考えるとAIも悪くないですよ。