頭から消えない事ってあると思います。
正確に言うと忘れるけど、何かの拍子に思い出す事。
それは過去の思い出ではなくて、これからの事で。
やらなきゃいけないなーと思いながらも、急ぎでやる必要がないから、忘れてしまう。
あるいはお金がかかる事であー、お金かかるなぁっと思いながらも、いまはいいやーっとなって忘れてしまうけど、何かの拍子にあ、やった方がいいよなーと思い出すこと。
例えば、誰かにこういう事しましょうと自分の実はやりたい事を提案しながらもやっていない事。やってもやらなくても別に誰も文句を言われない事。
でもたまに思い出す事。(もうニュアンスは伝わりますかね?笑)
例えばいつかスカイダイビングをしたい!とかある国に行きたい!と思ったりしますよね。(僕はスカイダイビングは興味ないですが…)
それには大きい小さいがあると思います。
憧れの時計が欲しい!とかは比較的すぐに叶える事ができますよね
(お金なくてもローンで買える。みんなローンにびびるけど、個人的には全然良いと思う。)
あの国に行きたいは少しハードルが上がるかもしれません。働いている人は休みを確保しなきゃいけないですし。
ただまぁ総じてちゃんと代価を払えば、叶えられることがほとんどだったりしますが、私達は基本的に腰が重くて面倒臭がり屋さんなのでいつかいつかと言いながら、「いつか」はなかなか来なかったりします。
(「またいつか会えるのを楽しみにしています」という「いつか」はなかなか来ないのが常です。本当に会いたい人なら何日にしましょうか!?となります)
でも長期間にわたって頭の中に残っている事はみなさんあるはずです。
あの人にお詫びがしたいとか、同窓会の幹事なのに開けていないとか、まぁ皆さんあると思います。
少し感覚的な話になってしまうんですが、私はそれをさっさと叶えた方がいいと思っています。別に誰かに催促されることでもないのでやらなくても良いんですが、やった方が自分の人生を進める気がするんです。
いつかいつかで止まっていた未来を叶えるとその次が見えてきます。
丘を登ったらその先にもっと行ってみたい場所があった!!みたいな。
いつかご飯屋さんをやりたいと思っているのであれば、今関係のない仕事をしているのは何故なのか?とツッコミたくなります。(その人の人生なので実際はツッコミませんが…)
あの丘に行ってみたいのにそっちの川に行っているようなもんかも。
いろんな情報やいろんな人からいろんな情報が自然と目と耳に入ってくる時代です。
他人のやりたい事が自分のやりたい事にすり替わってストレスを感じているのに気付いていない人って多いと思います。
年齢を重ねて思うのが、「自分の人生を生きている実感」が少なくなってきていると思うのです。これは昔にも書いたのですが、新鮮な感情を味わう機会が少なくなっているからだと思います。(過去記事検索したら出てこないですね笑)
基本的に私達は面倒臭がり屋さんに出来ています。
ここで私がたまに使うのが「一丁、やったるか!」という言葉です。
一丁なら頑張ろうと思えるわけです。重い腰をよっこいしょと上げるわけです。
これで私は多くの人の協力の元、ギネス記録をとりました。
「一丁、やったるか!」は世界一を獲得することもできるのです(笑)
そして必要なお金も払ってしまう!例えばお金をどんと払ってしまうと手持ちの金が減るわけです。そうすると余分に何かを節約したり、新しく稼がないといけないわけです。
そして人間は貧乏怖がり屋さんなので何とかしようとします。防衛本能的なものが働いて人間はやるのです。ある意味、中途半端な代償だと効果は少ないかもしれませんね。
年収500万円の人が憧れの1,000万円の車を買ったら、やべーこのままの仕事じゃ車を保有し続けられない!勉強してもっと高収入な仕事するべー!みたいな。
世界一周申し込んじゃった!上司に言ったら仕事がなくなった!もっと時間に裁量がある仕事を探さなくちゃー!
でも多くの人は仕事があるから世界一周は諦めなくちゃとなるわけです。
以上はあくまで例え話ですからね。
でも若いうちに世界一周を叶えてしまったらその後の人生違うと思うんです。
引退して65歳で行く世界一周と、30歳で行く世界一周というのは価値が違う気がします。
だから何が言いたいかというと、純粋にあなたが「やりたいな」と思うことはさっさとやってしまった方がいいという事。
さっさと丘に登って丘からの景色を見たほういいという事。
丘の下の世界で若い時期を過ごすというもったいないことを私はしたくないとい事。
先ほどの「一丁、やったるか」を1,000回繰り返せば多分、人間は全く違う人間になれる。
初値いくらになるかな~