人生を楽しむエイチマンのブログ

トライアンドエラーそしてサクセス

好きなことを仕事にすべきか否か

今日のテーマは誰もが一度は聞いたことがある話だと思う。

 

「好きなことを仕事にすべきか否か」

 

いろんな解釈があって、本やテレビや訳分からん先輩風やらによって「辛いのが仕事だ!」とか「辛い時が成長しているんだ!」みたいな根性論が20代の私には刷り込まれた。よくある話だと思う。多くの人があなたに対して心から良かれと思って言っていると思う。叱咤激励する方も大変だからね。

 

でも今思うと部分的には合ってると思うんだけど、求めているものやバックグラウンドが人それぞれ違うから一部分だけを切り取っても伝わらないし、誤解してしまうと思う。

 

私は今無職で仕事から離れて3ヶ月目になる。訳もわからず社会に出てとりあえず8年働いたけど、純粋な自分が戻ってきている気がする。それは多分、高校生くらいから変わっていない。何故なら良いのか悪いのかわかんないけど、いわゆる「将来やりたいこと」つまり将来こんなことできたらいいなというイメージが高校生の時に思っていたことと変わっていないからだ。

 

高校生の頃は外交官に憧れた時期があった。英語を使って日本人以外の地球人と楽しくコミュニケーションがとれてお金がもらえるなんて最高じゃないかと思っていた。高校生だから職業なんて10個くらいしか知らないからそんなもんだ。

 

社会に出て知っている職業が100個くらいになったら自分のやっぱりなりたい姿が明確になってきた。一度の人生だから自分に正直に素直に生きて後悔なく死んでいきたい。この年齢になるとまじで人生考えてきて自分の理想に忠実に欲張って生きたい!と思うようになった。

 

youtubeのキャッチコピーで

「好きなことで生きていく」

というのがある。


好きなことで、生きていく - HIKAKIN - YouTube [ Long ver. ]

そして若い人のなりたい職業にユーチューバーが上がったのも話題になった。

多分それは「楽しそうだから、楽そうだから」という理由が多いんじゃないかと思う。しかし、やった人なら分かるけど、結婚式の余興とかで3分の動画を素人が作ろうとすると超々々大変だ。私は3週間くらいかけて3分の動画を作った(笑)

 

ユーチューバーを職業としている人はそれをほぼ毎日上げるわけだから大変だと思う。しかも毎月サラリーマンのようにお金がもらえるわけではなく、再生数が伸びなかったら飯も食っていけない。

 

ただ私は敢えて言うが好きなことを仕事にするべきだと思う。正確に言うと私が高校生の時に描いた夢のようなものを追いかけた方が本人は幸せだと思う。じゃなきゃ俺の人生は何だったんだ。人から言われたことをやるだけの人生だったと私は思うだろう。

 

ここで言いたいのは

「好きなことの為ならある程度の努力をするのは覚悟できて他の事をするよりはまし」

なことを仕事にすると良い。自分でもまとまらなくて日本語が訳分からない(笑)

 

人間のメンタルは性質的にヘタレとしてできている。大変なことをしたくないという生物的な何かなんだろうが、何もしなくても飯を食っていけるほど、世界は簡単にできていない。

 

ここで例え話。

今あなたは砂漠にいる。水1本しか持っていない。

どこかに向かわないとじきに死んでしまう。

見渡すと半径100キロ以上先にぽつぽつと建物が円状に点在しているようだ。蜃気楼のように建物が見える。近代的なビルもあれば古風な建物、森のようなものもある。山っぽいものもある。あなたはどこかにとりあえず向かわなければならない。

どこに向かうだろうか。

例え話終わり。

 

その目的地に向かうためには歩かなくてはいけない。

何事もあることを実現するにはある程度必要な努力ややるべき事がある。

それをやらずに生きていくというのは砂漠の真ん中で止まっているのと同じかもしれない。

 

向かっていった建物がだいぶ見えてきて廃墟だったことに気付いたらまた別の建物を目指す。それを繰り返せばきっとあなたがお気に入りの建物にはいつか辿り着ける。仮に見つけれなかったとしても自分の辿ってきた道については誇りに思えると思うんだな。